炉端の民話
             鷺の湯
           −矢田に伝わる話−  
                      
 ・・・・・昔、矢田に嘉助という人が住んでいらったと。あるとき米山颪がごうぎ吹いて
「さて、裏の山が荒さったかしんねぇ。」と思って朝げ早よ弁当をたがいて山へ出かけ
たといの。そうしたらやっぱり杉苗がころんでいたので嘉助ろんは一生懸命に杉の手
入れをしたといの。

 そうしてお昼になったんだんが水汲みに行ごやと思って沢へ行くと、なんか白いもん
が川に浮いてるてんね。
「何だろいねぇ」と思ってそろんそろんと降りて行ったら鷺が夕べの風で羽根をいため
たのか、木にはさまったのか血だらけになって死んだようになっていたてんね。これは
また可愛そうげらと思って谷川で傷口を洗って自分の手ぬぐいを裂いて薬草をつけて
草むらの中に寝かせて置いたと。

 そうして夕方になって、嘉助ろんは心配らんだんが、鷺のところへ行ってみると鷺は
死にもしないでジっとしているてんね。そこで山の獣に食わっると悪りいと思って杉枝で
籠をつくってその中に鷺を入れて、危なくないようにして帰ってきたと。

 そして次の朝、また山へ出かけていってみると鷺はクルンクルンと首動かしているてんね。
「これは大丈夫ら、生きるかもしんねぇ」と思って、持ってきた餌を鷺にくれたら腹がすいて
たげれぇみんな食うてしもたてんね。

 それから嘉助ろんは毎日毎日山へ通って鷺の傷を谷川の水で洗ってくれたり餌を食わ
せたりして、めんどうをみてやったといの。そうしたら鷺は1週間もするとすっかり元気に
なってヒョコヒョコと歩くようになったと。


 ・・・・・ところが日増しに元気になってゆく鷺を見ていると、鷺はなんせぇ川のほとりに行
っては羽根を水につけて、じょんのびげにしているがんだと。

 「不思議らねぇ、あんげ死にそうな鷺がわずか十日やそこらで飛ばれるように回復する
とは、きっとこの谷川の水になにか入っているのかもしれない」と思って水を持ち帰って、
そして新発田の偉い先生から調べてもろうたといの。

 そうしたら 「これはラジゥムという薬が入っている水で、傷や病気に良く効くがんだ」と
言われたと。
そこで嘉助ろんは部落の人と相談して、この谷川の水を沸かして鷺の湯という湯小屋を
始めたといの。そうしたらほうぼうから人が聞きつけて来て、大層はやったといの。

 ・・・・・ある日のこと、夕方一人のいとしげな若い女が道をシャンシャンと登ってきたといの。
そして「今晩から、しばらく泊めてもらいたい」というて一朱銀を出したと。
その時分は一朱銀なんかはちょこっと見られない大金らんだが、番頭さんは喜んで一番
良い座敷へ通して泊めたと。

 ところが若い女は何日泊めても風呂へ入る様子がないてんね。
「どぅいがんだろだろうねぇ?」と不思議に思っていたところへ、茅原の年寄り三人が湯に
入りに来られたてんね。
年寄りたちはその晩、四方山話に花を咲かせてすっかり夜も更けてしもうたといの。
ところが一人の婆さんが、うっかり浴衣をよごしてしもうたと。そこで風呂場で洗濯をしようと
思って湯に行かれたと。
そしてお婆さんが風呂場の戸を開けると同時に腰を抜かしてしもうたと。

 風呂場一杯にものすごい大蛇が首を湯板の上にあげてうっとりとして湯に入っていたてんね。
婆さんはたまげて友達のところへやっと逃げて来て、そうして「どうした、どうした?」と友達が
言うろも 「アワワ アワワ・・・」ばっかいうてるてんね。

そして医者を呼ばって見てもろうたら
 「これはよっぽど、おっかない目に逢うたか、たまげたかしたがんだ」言うて薬を一服くられたと。

・・・目が醒めて落ち着いてからお婆さんが大蛇の話をするろも、誰も本気にするもんがいなかったと。
ところが不思議なことにあの若い女がその晩限りで、姿が見えなくなってしもうたがんだと。

 そこで宿帳をみたら、坂井蛇島川、大原ミヨと書いてあるんだが、嘉助ろんは坂井の大原という
家まで行ってみたといの。

 そうしたらそこの主が 「そうかそれは奇縁だ。実は大洪水で末宝(まっぽう)の土堤が切れたとき、
うちのそばに大きな藁ニオを積んでいたところへ大蛇が住みついて、別に悪いことをする訳でも
無いろも時々姿を現すんだんが、村の衆はおっかながって『殺せ』言うたり、今町あたりの見世物
商売の人が『売ってくれ』言うて来られるんだが、(ここに居ては命がのうなるすけに・・・)と思って、
藁ニオの回りを板で叩いて追い出したんだが、その時でも傷ついて、矢田の湯が効くことを聞いて、
きっと行ったんだろう。大原ミヨいうのはうちの死んだ娘の名前ら・・・」と言われたてんね。

・・・・・こんなことが有名になって、それからの鷺の湯は 「鳥や蛇でさえ効くがんだから・・・」と、
以前に増して繁盛したといの。   (栄村誌資料編より)
今では滅多に見られない藁ニオ 
                                                  


 矢田の湯に行って見たい人は 
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