三条六角凧に関する語録    久 保 敏 男


 三条では凧のことを「イカ」と言う。終戦直後、旧制中学を卒業する頃までは
六角凧を「イカ」、四角凧や他の形の凧を、「タコ」と言うのだと思い信じて、区別
して呼んでいた。
 昭和二十二年の三条いかがっせん(大凧合戦)に、商工学校の凧組の一員として
参加し、市内外の人々と凧の交流ができてから、始めて「イカ」は方言であること
がわかった。
 昭和三十年代、東京の凧揚げ大会に参加した折、故斉藤忠夫さんにお会し、お話
を聞いて、イカは京都を中心とした上方の古語であり、タコは江戸っ子が上方のイカ
に対抗して勝手につけ、和製の漢字「凧」まで作ったことを知る。
 戦後、三条の殆どの人がタコと呼び、イカと言うと、田舎者や大年寄り扱いされる
ようになって、イカがタコに変わってしまった。しかし私自身、今までずっとイカと
呼び通し、今では、そう言うことを誇りに思うようになってきた。
 また三条の文化は、上方より北陸路を経て入って来ており、京言葉が多い事をも
知った。
 イカ(凧)−ロッカクイカ(六角凧)マキイカ(巻凧)−ロッカクマキイカ(六角巻凧)
と、三条の凧に関する名称や言葉、方言などを集めたが、まだまだ多くの言葉が
あるが、わかったものだけを収録してみた。


1、イカが付く言葉

ロッカクマキイカ
 六角巻凧。
 戦前では折たたみの出来る凧は、世界でも珍しく、三条の六角巻凧だけだったと伝
えられている。

イカヤ
 凧屋(メーカー)のこと。
 凧店(ショップ)ではない。三条では凧屋が多くあり、製造販売するので凧店は無
く、一文店、玩具店、糸店などで、節句(風合戦)近くなると凧を売る店が二、三軒
あった位のもの。

イカバカ
 凧キチ、凧揚げ師めこと。
 凧師、凧キチと言うと、1自分で凧を作り、揚げる人が多いが、三条ではイカ屋から
凧を買って揚げる人が多く、自身では殆ど作らない。
 「凧揚げ師」という言葉は、二十数年前、東京の多摩凧連の大会に参加した時、
我々「イカ」馬鹿に、イカ屋(凧師)に対して、凧揚げ人に、イカバカでは失礼とて
付けられた敬称である。

イカ糸
 凧糸。
 三条では凧揚げの糸は、小さな凧は綿糸(一般に呼ばれてる凧糸)、大きな凧は麻糸
である。大凧合戦は麻糸を使用する事と、定められている。
 麻糸はアカツマの糸が最高とされている。麻の産地の名とのことであるが茨城、群馬、
松本平などの説があり、どこなのか判明しない。

イカ揚げ
 凧揚げ。

イカバ
 凧揚げ場。凧合戦会場のこと。

イカ行列
 凧行列。凧パレード。
 昭和四十年頃までは、各凧組が凧を広げて、大八車やリヤカーに合戦用具や、たたん
だ凧、樽や太鼓を積込んで、「凧ばやし」を叩っきながら、戦力を誇示し、行列を組ん
で各町内から合戦会場へと繰込んでいた。
  自動車社会になり、交通の妨害になるため、今では自動車で凧合戦会場に行くが、
凧合戦前夜祭、夏祭りなどでは、全凧組が一緒になって行進し「凧パレード」として、
メーンストリートで交通を遮断して行われる。

イカガッセン
 凧合戦。
 個人の間の喧嘩凧でも、全てを「イカガッセン」と言う。三条では「子供のイカ合戦」
「イカ合戦しょう」などと言って、「けんか凧」と言う言葉は全く無く、また知る人も
少ない。

ボッコレイカ
 壊れた凧、壊れている凧。

ポロイカ
 破れた凧。ばろ凧。


2、六角凧の各部名称

 はなお(鼻緒)は糸目のことであり、三条ではイカバカでも、「糸目」と言っても、
何のこと言うのかと通じない。
 補強の「中糸」「すじかい糸」は通常十六枚ド以上の大きな凧に張り込む。
 芯棒は凧の大小に拘らず、丸竹を使うが、横骨は十枚ド以下の小凧には、板目の
割竹を使い、十三枚ド以上の大凧には丸竹を使用している。
 上の横骨は、下の横骨より曲げに強いものを組む。
 鼻緒の中糸は、三十枚ド以上の大凧合戦用の凧に付ける。上下の四本の鼻緒が、
絞り込まれ擦り切られても中糸一本が残り、空中に凧が浮いてる間に、相手の凧が
落ちれば勝ちとなるから凧合戦には必要なものである。


3、凧揚げ、凧合戦用語

クレル
 繰れる。糸を繰り出す。

タグル
 手繰る。糸を引き寄せる。

カラマル
 空中で凧糸と凧糸が=絡まる。

カラメル
 相手の凧糸と格める。

ジガラメ
 地格め。地上で凧同士の糸を予め絡めて置いてから、凧合戦をすること。風の無い
時に行う。
 三条大凧合戦では禁止されている。

ムダカル
 糸がむだかる。結び目が出来たり、ぐちゃぐちゃになる事。

アガリ
 揚がり。糸をタグルと凧がすぐに揚がる事。揚がり過ぎ時にも使う。

サガリ
 下がり。アガリの反対語。

カシガル
 凧が傾く。

カシゲル
 傾ける。
 風の強弱により、凧の揚がり具合をみて、アガリのときは下のハナオを、サガリの
ときは上のハナオを、それぞれ結び詰めて調整する。
 また凧が右にカシガル場合は左の鼻緒を、左に傾がるときは右の鼻緒を結び詰めて
直す。

ノス
 凧が垂直に揚がる。

ノシにする
 垂直に揚げる。

タツ。タッた
 凧糸が切れて凧が飛ぶ事。

タタせる
 柏手糸を切って凧を飛ばす事。

糸をダラす、ダる
 糸を垂らす。垂る。

ダラせる
 垂らせる。

糸をハル
 張る。垂らすの−反対語。

サシアゲ
 差揚げ。凧を揚げる際に凧を他人に垂直に立てて持って貰う事。

カサナリ
 重なり。凧と凧が重なって操作出来なくなること。

ベッチョウ
 本来は性交の方言、陰語であるが、カサナリと同意語。
 超Hと言われるため、近年は全く使われない。


四、凧揚げ、風合戦用具

糸巻
 木平板を使い、糸車は使わない。

糸ぼて
 竹の丸平ざる。

糸籠
 竹の馬籠。

クヮラ(カラ)
 滑車、滑蝶のなまり?。

プラ
 イカ糸の途中に、丸木棒を他の糸でぶら下げ、相手の凧糸に振り付け、絡み着く合戦用具。

トメ、鼻緒ドメ
 止め。両股形の鈎。

ワニ
 片枝形の鈎。トメと共に木製である。股内に刃物を入れたものも有る。

スカリ
 刃物鈎。

カマ
 鎌状の刃物鈎。

マンジョスカリ
 三日月形の刃物鈎。
 スカリ、カマ、マンジョはその形状により付けられた名称で、刃物の全国一の産地
である三条では作るに簡単。

ガラス糸
 ガラス粉糸。ビードロ。

金剛砂糸
 研磨用のエメリ粉を塗布。

シプ糸
 渋を塗り着けた糸。
 大凧合戦では金属製の物や金属を組込んだ道具を糸に取付けたり、糸に異物を塗り
付けた糸は使用禁止で、使った場合は直ちに失格、退場となる。

                       平成七年九月十五日脱稿

                    (平成10年三条凧協会だより、より)