■長野秋山郷から奥志賀高原紀行
チャンス到来、既にチキータとベスはオレの行動を早くも読んでいきり立っている。
ティピイは今ごろ次女とあちこちの叢に異常な気配が無いか探索中であろう。
その間隙を縫って、今晩同行の彼らをラゲッジルームのケージに載せ出発。
11月4日土曜午後8時25分自宅を出る。
留守番ティピイは初めてのことである。彼女は一番のキャリアである。
オレ達が居ないことに気づくと、どうなるだろうか。心もち、気が切ない。
三条燕インターから関越道上り線、越後川口までだ。高速道を右に左にと眺める月は半月で快晴だ。
豪華な夜宴が期待できる。出掛けのその月は右へ15度の傾きだった。
歩行者を気にしなくて済む高速道は快適。
特に長岡JCを過ぎてからのストレートは左右に拡がる山々や田んぼの静けさと、
街並みの明かりが好対照。
越後川口インターを下りルート117を一気に津南まで。
国道沿いのスナックの明かりに、今度は気を取られ土曜のあれこれを想像。
ふと見る半月は、15度からいよいよ45度くらいまで傾いて遠い昔のゆりかごを思い出す。
タイミングよく車中にE・クラプトンとB・B・キングの掛け合いがスイングしながら流れる。
「掛け合いに 揺れる ハーフムーン」また戯れ句。
津南から正規ルートを選んだ。
今日の仕事は忙しくて、このナイトキャンプの準備に手をさくことが出来ずに見切り出発。
ただ焚き火のイット缶やシュラフ・ストーブその他60%の道具は常載。
愛車ロシナンテのお腹も満タンにしたが、オレはまだである。
が、まぁメシは三歳のときから喰っている。たかが一食くらい3時間遅れても問題はない。
時折山間からのぞく月とと、心地よい音楽。ケージのチキータ&ベスも見えないのに静かだ。
助手席からオレの左腕に手を伸ばす、いつも居るティピイは居ない。
寂しさを瞬間感じる。
山間に入るに従い、案の定、星が見える。高度も徐々に上がる。
集落の家並みの明かりの干渉から外れると、ことさらくっきり見える。
行き交う車は無く、ひらすら月を右に左に追って林道を走る。
最深部切明温泉雄川閣を下に眺め、中津川の最後の橋を渡る。
河原の温泉には冬眠前のたぬきが入湯中。オスかメスか判別不能。仮に…止めた。
いよいよ奥志賀高原への林道に入る。
途中鳥甲山登山口に一台の車がヘッドランプを
つけて2・3人のパーティを照らしていた。
趣無いこと甚だしい。
「せめて焚き火ぐらいしろよ。」と独り言。
こうやって運転しながら何かを感じてないと多分眠くなるのだろう。
ナイトキャンプ目的地満水川に着くまでに2頭のカモシカをそれぞれ見た。
デジカメ・チャンスと思って取り出してみたものの、行き過ぎているヘッドランプの後では、
どこに居たのやら漆黒の闇。
いつかの寝化粧のブナも気をつけて見てはいたが逢えなかった。
そう度々逢えるか。
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■闇に浮き上がるブナ |
午後11時着、バックドアを開け彼らをオフリードで離す。
ティピイと違い勢い良く出て、思い思いの叢に行く。
わずかなルームランプのこぼれる明かりと月の冷たい明かり。
そうだ、その冷たい月明かりと…、やはり星屑。
地球上にある箒を集めても掃き切れないほどの星屑。
白いシーツにバケツ一杯のキャビアを播いて、それのネガ…と
苦し紛れの表現を考えるが、自ら脚下する。
在るがままの星屑だ。
ケージを車外に出していつものテーブル。
イット缶に新聞紙の下部を切り割き開き、その上部を絞る。
焚き物をその上に重ね、ペットボトルに入れて持ってきた灯油をかける。一発点火だ。
学校の実験じゃあるまいし、木の棒を摺り起すような火起しはやらないことにしている。
みるみる大きな焚き火は気持ちを太くする。
かわりに星空の世界が薄まった。
どっちも採るにはあまりに了見が狭い。
相変わらずチキータはあちこち嗅ぎまわり、小動物の残り香を探し当てようとしては、
その無理を知り、傍に来る。
ベスは乳離れが早いせいか、必ず棒切れを咥えてかじりついている。
乳離れの遅いオレは…、やはりビールだ。
椅子を忘れてきたことに気づいた時は、
そこいらの木の株に腰掛け、幾分の夜露をおケツで感じながら足を投げ出してビールを呑む。
夜空には月と星屑、そして一人にしては盛大な焚き火。
真下に滝があり音を立てて流れている。バターピーナッツとソーセージ、定番。
缶ビールも定番を3本。これ以上なにが必要か考える。
用意してきたメンパ(曲げ木細工)の弁当も手をつけず、飽きもせず夜空を眺めたり、
薪を足したり真夜中の一人宴会はすぎる。
気温5度、午後11時50分切り上げる。
彼らを呼び戻し、ラゲッジルームにリードを付け固定。私の睡眠を邪魔させない。
シュラフに入り、真っ暗闇の中。
バックドアからは、まだ燃える焚き火がゆらゆら見えているうちに瞼が落ちた。
2度ほど目が醒めたが、強引に眠った。
短い手足といえども、セカンドシートは狭い。
時折姿勢を変えるが最小限にとどめ、眠りを確保。
ベスがガサゴソ背もたれに手をかけて、私のほうを首を傾げ眺めていた。
寝姿を見てたぞと言いたげな顔。そう云えば彼女だ。
腕時計は午前6時前。薄明るい。ウインドウの内側の曇りを上着の肘で拭った。
ここは標高1,500m、大部分のブナの葉は落ちている。
がりがりの白っぽい姿をさらけ出している。あの妖艶なブナはいずこに。
蚕同然のシュラフを抜け出て、車を降りた。さっそく昨晩の冷たくなった…、ン?
霜が降りていた。温度計は1℃をさしている。
一晩冷やされた樹木や沢のあたりからウッスラと靄(モヤ)が漂っている。
滝音と邪魔な彼女らの嘶き。しかし幻想的である。
犬を放し、再度焚き火を起した。靄を肴にウイスキーダブル。
チリチリと通過経過を教えてくれる。異常なし!
快晴の予想される今日は、昨晩ほどの余裕は無く、彼女らに朝ご飯。
沢まで水汲み。汲もうとする上に、食べ終えた彼女らがワシワシ入ってくる。
いくらなんでも気分の問題。沢ゾコの石を拾って下流に投げた。
そして汲んだ。
顔を洗おうと思ったが汲む時の水の冷たさで断念、柔だ。
しかし今日出会う予定の人は居ない。
せいぜい冬眠前のいたちか狢くらい、気にならない。
私は冷たいメンパ弁当を開ける。
ストーブで沢の水を沸かし、コーヒーを準備。
飽きもせず彼女らは半径40mくらいを騒ぎまくっている。1/3の弁当の中身を食べ、立ってコーヒーを飲んだ。
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朝もやの中満水川を上る。流れ以外は霜で滑りやすく注意が必要だ。
特に踏みつける根曲がり竹の上は一層注意だ。
しかし一度ならず二度も滑って転ぶ。
大きな音を立てると彼女らが寄ってくるが、どうってことない態度。
かえってオレがあまりの無様な転び方で、
ブナの森の先住民がコソコソ笑いをしなかったか聞き耳を立てた。
最初にナメコを発見。しかしわずかだ。 |
【晩秋の美しき渓流です】 |
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【うっすら霜が降りてました。霜ナメコは硬く身が締まり、味わいがいいんです】 |
地表はブナの葉っぱで覆い尽くされ、在ったとしても土きのこは見えない。
必然ブナの倒木を目印に沢の流れに足を取られないよう歩くが、
容赦なく11月の冷たい水が染み込んでくる。手指もかじかみ、皮グローブをつけ進む。
沢面わずかな水蒸気が陽光にきらめき、ブナやカンバの樹々の白っぽい色、
オレが名を知らないだけの雑草のウス汚れたような緑、そして落ち葉たちは流れを待たずに散っている。 |
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シャンソンの「枯れ葉」なんて目じゃない。
ピシャピシャ満水川の廊下を歩く。時折彼女らの沢を歩く後姿をショット。
遠く谷あいの奥にカラマツ林が見える。針葉樹でありながら落葉する。
今散りかけ前か。くすんだオレンジ色の葉を朝もやにボンヤリと陽光と格闘中。
今シーズン多分最後か、きのこにはどうやらタイミングを逸したみたい。
自然は自然、当たり外れが自然。
この上流部にはあの「無名の滝」がある。
行くつもりであったが、あまりの水の冷たさは撤退を決断させてくれた。
今来た沢をチキータ・ベスと朝もやけむり、陽光きらめく沢面を注意深く降りた。
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