Headline(TOP) 思い立ったら… 菜工房 Outback

『2000年1月元旦中津川沿い』

ともとお屠蘇気分持たないよう訓練に励んでいる。

元旦早々彼女等と連れ立って出かける。

家族も静かな休日に、

その彼女等を時折うるさく思うときもあるから、

いつも快く送ってくれる。

しかし、この雪の中?とさすが息をついている。

 

軽い吹雪の中、関越高速道を南下。

胡弓(二胡)の艶っぽい音色が車中を漂う。

そのアレンジされたのんびりした独特のメロディーを聴きながら。

元旦の高速道は通行車が少ないぶん、かえって道路の積雪が目立つ。

時折ハンドルを握る手のひらは汗ばむ。

こんな時って、日頃騒ぐ輩はせいぜいコタツの中か 膳の前で、酒盛りだろう。

 

ロシナンテに当たる雪はどんどん数を増し、フォグランプが必要になる。

対抗車線を走る車は雪をたっぷり被りワイパーを高速にして、

必死に走っているように見える。

117号に下りると家々は雪にスッポリ埋まっている。

もちろん遠くに見える山々はヒッソリと息づき

平野という平野も、よく言うまだら墨絵の世界が始まる。

道路の両脇に積み上げられた雪の壁は

窓さえ開ければTeepeeが一舐めの高さだ。

 

山間部に入るとさすが雪の量は想像以上にある。

停車すればただの雪が華麗に舞うように見える。

走るロシナンテには降りしきる全ての雪が立ち向かうが如く、

飽きもせず向かってくる。

崖を削って造った安全ガード付道路は、

ブルドーザーが掻き分けた雪を深い谷底に押し捨てる

ノーガード部分所々開いている。

スリリングだ。

小さな雪崩は道路を時々雪の塊を盛る。

わざとロシナンテはそれを踏んづけていく。

幼き頃、ゴム長靴を履いて水溜りをビシャビシャ歩く癖。

今でも残っているのかもしれない。

原体験は滅びないことが判る。

 

積雪はゆうに1m50cmを超え、

すれ違う車もなく、冷や汗をかきながらも中津川の 橋の袂に着く。

風は思ったほど無いが、無風には程遠い風。

彼女等をフリーにする。

ウサギのように跳びはねる走り方をする。

雪に沈みきってしまう前に、次の跳躍に移る。

繰り返し繰り返し。

オレは昨年購入したスノーシューを車から取り出し、装着してみる。

直接アメリカから買い付けただけに安い事はもちろん、

何より軽いのがいい。

国内で販売されているのは重いという気がしていたし、 何より高かった。

 

もう少し雪が少なければワサビと思っていたが

この雪では到底不可能。

彼女等と積雪時しか歩けない沢べりを上流に向かっって歩く。

既にブナを始めとする木々は深い眠りにあり、 咳払い一つさえ気が引ける。

が、考えてみたら沢の流れの音がある。

その音の大きさは、熊さえ近くへ来る人の音にも気づかないと言う。

安眠を妨げない、人間社会も同じだ。

沢沿いを歩く、いや漂う感じで新雪を歩くと表現すると優雅かもしれない。

年老いた魔女の曲がりくねった指のような木々の枝には、

雪とともに昨秋のなにやら名残の蔓が垂れ下がっている。

それが風に舞う雪とブランコか。

 

チキータはいつも先頭を歩く。

ベスは早速雪の凍った塊を口にくわえ移動。

Teepeeは慎重に道を見極め歩く。

スッポリ胴部分まで埋まりながらも、跳んでは先を進む。

そうでなければ 黒とクリームと茶の大きな毛虫達の雪中行軍に見えるだろう。

オレは?

オレの内なる心の探求(笑)

誰も人気のない森は寂ばく感どころか

沢の流れの音と冷たい耳元をかすめる風の音で賑わいにさえ聞こえる。

ブナの森は季節を演出する舞台かもしれないし、

ただ喝采が無いだけの一人芝居にも快く提供してくれることを人は知らない。

nobody knowsだ(笑)

 

やがて中津川の音が静かになる頃、ブナの大木に出会った。

静かに迎えてくれる。

ブナが語りかけるにはあまりに時間が無い。

ほんとうは、それを待つためには長い長い時間、森との同化が必要なのは判っている。

が時間は限られる。限るために人間が創った単位でしかない。

ならば…今があった。

グローブを脱ぎ、その大きなブナの灰色っぽい鉄のような木肌にそっと触れてみ

胴回り2人半くらいのそのブナは、北側に雪をつけ、

大気と同じどっしりした冷たさを 教えてくれ

足場を確保し耳も寄せてみる。

聞こえるのは彼女等の息遣いと遠く中津川の音。

誰が言ったのだろう?

幹を流れる水の音がするって。

きっと近くに沢が流れていて広く張ったブナの根が

拾う音だろうと思っているが事実はわからない。

しばらく眠りに就いているそのブナの周りを散策したが

真っ白な雪だけで新たな発見はない。

しばらく景色を眺め…、

風にたなびくが如く雪の結晶たちの乱舞を見

あの夏の輝いていた緑蒸すブナの世界はまたよみがえる。

物言わぬその振幅の大きさはやはり、己を刺激してくれる。

森の中の四季はまさに人生そのものなのかも知れない。

 

わずかたったこれだけのひと時、

やはり訪ねる甲斐のあるブナの森である。

自然は不変でなく、変わるということで不変なのだろう。

翻って沢の対岸の沢面に近い崖に、

大きく口を開けた黒い岩の部分に太くて長いツララが

牙の如く剥き出している。

途端にデジカメを思い出し、1ショット。

やはり見渡す雪の世界の中、彼女等との騒ぎは

大いに必要だ。遊んでやらなくとも、思い思いの遊びを

雪の中で試している。

犬の自立である。ただむやみに吠えなければのはなし。

スノーシューの跡をたどる。

下流の屋敷温泉を目指す。

元旦だって宿屋だから開いているはず。

間違いなかった。

玄関前の露天風呂も心なしの湯気を点ててい

冷え切った身体には温泉が一番、代金は温まってから払えばよい。

深い雪の中の中の簡易脱衣所でソクサク脱衣して、

下湯をタオルで …ぬるい!

唖然、絶句…かすかな温さ。

雪が舞う湯の流れ口あたりはシッカリ湯気を立てているから、

あそこへ行けば…

象の鼻水程度の流れ口は確かに熱いくらいだが

この吹雪の中、どうしたもんか… 背に火達磨、腹に氷。

記念のショットを雪運ぶ風に抗い堂々撮る。

それから?

ショット後パンツと上着をつけ、フロントへ行って 内湯に入いる。

元旦早々ホームレス風珍客、まさにである

本来露天に流す湯を融雪にまわしていたとのこと。

真冬にそれも降雪注意報が出てる日に、

大体露天に入る人はメッタに居ない…という

 入ったオレはなんだったろうか、って心優しいオレは

聴かなかった。

情緒は鄙びた温泉でも

現代文明に駆逐される例なのだろう。

 

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