Headline(TOP) 思い立ったら… 菜工房 (遊)Outback


■「往く春を探しに…」

 …うぐいすの下手クソな鳴き声に導かれ、

新緑萌えはじめのブナ林の残雪を踏む。

その深く優しい緑は眼に染み入り、

まばらな葉の間を抜ける緑の陽光は柔らかなモザイクを投げかける。

 

3頭の犬を連れ立って4時にスタートする。

寝床で一瞬、眠りの神の誘惑に心揺らいだが、

あとで後悔することを思うとその誘惑を断ち切る。

誘惑には勝つ、…といつも思いたいものだ。

関越道に入ってからは空も白み始め、思いの他明るい。

この広い蒲原平野を埋めつくす水田には水が張られ、

大地を縁取る遠くデコボコの山々の稜線を鏡のように

モノクロ風に映し出している。

通いなれたというべきか、オービスの配置もわかり、

ただ無粋な車を時折後方視界で確認。

 

県境近くになるにつれ、道の脇には薄く汚れた雪の塊がある。

その塊を観ると、未だ完全な春を迎えていないことに感謝する。

軒先の敷地に植えられた八重桜が厚ぼったく花開き、

散りかけのレンギョウを見下ろしている。

乾いた大地には爽やかな薄黄色の水仙が咲き乱れ、紅紫と白の芝桜が咲き競っている。

やはり山郷にも確実に春は訪れ、突然の雪消えであわてて草花はまさに狂爛だ。

早い朝餉(あさげ)の支度であろうか、

木造の家の壁板から伸びる不釣合いな煙突から、青い煙が一筋立ち昇る。

誰かが云っていた。山での焚き火の煙は青い…と。

それを思い出しながら狭い林道を進む。

徐々に脇の雪は厚く層をなし、自然は新緑とのコントラストを演出する。

■集落の守り神でしょうか。残雪に咲き始めのサクラ。

いつものように山桜が残雪の沢筋から立ち上がって迎えてくれる。

樹齢4・50年くらいであろうか。

根元を流れる沢を幾星霜も睥睨し、見事な桜の花を今残雪の傾斜地に広げてくれる。

空は青く輝き始め、今少し時間が遅ければもっと鮮やかな画像が撮れたはず。

何気ない、拾い物の自然が作り出す風景は、何にも増して替え難い。

与えられるものより、やはり自ら拾うことに気分がイイのだ。

ロシナンテから見下ろす沢の流れは底石を巻き込み、

けたたましい音を出していることだろう。

スピーカーから流れるボチェッリの歌声は、ここ定番になりつつある。

盲目のテノールはその谷間にこだまする。

その沢の流れは身を躍らせ、そしてくねりながら流れ落ちていく。

■残雪の沢を見つめるサクラ。

ロシナンテの道を阻む残雪の前に止め、彼女等を解き放つ。

まさに脱兎の如く、エネルギーが弾けんばかりに残雪の上に飛び出る。

しばし自然の匂いをあちこち嗅いでは走り回る。

腰にアケビの蔓で編んだ籠をつけ、スパイクつきのゴム長に替えるのももどかしく、

今朝2度目の朝食をほおばる。

リュックに手製弁当と缶beerを確認、そして肩にかける。

雪渓に落ちた場合のロープは車に置く。

林道の残雪は固く引き締まり、歩きやすい。

しかし何もないところから比べればはるかに歩きにくい。

そう、常に相対的物の考えを採らなければ自分自身による誤解を生じる。

今日の到達目的地点までどれくらいか・・・

今まで考えたことが無かったので、時間の観念をロシナンテに置く。

 

残雪を歩きながら、

柔らかな緑を愛でながら、

山菜を採りながら、

デジカメを撮りながら、ザクザク進む。

誰一人居ないという確信は彼女等の自由を広げ、彼女等は振り返り振り返り先に進む。

二本足と四本足の差は大きい。

崖下に独活(ウド)を取りに下りると黙っていても覗きに来る。

鼻を鳴らし状況を把握するのかもしれない。

この残雪は人間がもたらす塵や埃をろ過し切れず、

灰色と黒のマダラ模様を見せる。

途中缶beerを冷やすのにその雪を鉈で削り、ポリ袋にその缶beerとともにする。

■雪解けは木々の根回りから溶けていきます。ブナの森

  一人の男と三頭の犬の行軍。

俯瞰する鳥たちは何を思うだろう。

初鳴き間もないうぐいすの声は断続的に響く。

風もなく、ブナの森の静寂を彼女等の吐く息音と

残雪の上を歩く音がそれにマッチする。

歩く視点はロシナンテから眺めている風景と違い、また新しい発見がある。

ブナの芽生えから若葉まで、それぞれ場所によって違い、

森の神秘性を見せてくれる。

もはや遠く忘れ去られた時間だけがここにあり、

生かされている己の存在を再度認識させてくれる。

いわば訪れるたびの再発見かもしれない。

自然界の極限を体験するわけでなく、かろうじて小さいながらリスクのある歩行でさえ、

それを教えてくれる。

量じゃない質だ。

 

時折林道から分け入るブナの森は、

根曲がり竹に混じって名の知らない雑木を大地に控え、それらが行く手を遮る。

彼女等も音を立てて分け入る。

残雪に隠れた根曲がり竹の幹は滑りやすくする。

自然に体で覚えた知恵かもしれない。

翻って人間社会の教えの多さはいかばかりか。

残雪の下の根曲がりは滑りやすい。

やはり何度考えても、与えられるものより己で拾う事のほうがイイ。

たとえそれで心充足しなくともだ。

オレらしさはオレでしか体現できない。

皆がこぞってやることは考えることや判断することを必要としないだけに、

首から上を使いたくないときに載る。

使い勝手のいい生活習慣を身につけよう。

まだまだ自然界は人を含めた生物の生きる上でのヒント、

原理原則が埋もれている。

自然を恐れず、侮らず、自然の移ろいに身を委ねる。

誰もがダースベイダ―みたいな歩き方はできない。

きっとこの残雪のブナの森を歩かなかっただろう。

いい気味だ(笑)

 

創業以来ある程度の評価を受け、

ここ数年来意識の中で苔むしはじめた思い上がりが生まれていた。

誰もがある種避けて通れないその自意識が、

フツフツとオレの中で醸成していたのかも知れない。

自己に甘んじ、実体と虚像の狭間で浮遊し、

ボーダーラインを踏み違えたか。

潮騒の日本海や、奥地の清流やそして県境ブナの森。

人間の森では時代を創る日本独自の経済優先の加工技術に馴染まず、

あえて古い歴史ある製法を模索しながらはむを創る。

その四季の移ろいの中で、内なる己の再発見を考えている。

非日常という圧倒通常時間の日常の中からはそれは見つけにくい。

限られたこういった日常の非日常の中にこそ、冷徹で妥協の無い事実は存在する。

いや事実そのものにも形容はつかない。

やはり原点に立ち戻ろう。

先を観るという人間特有の思い上がりより、原点に返る勇気を失いたくない。

死ぬまで成功はいらない。

仮に死んだとしても成功したとは評価されないはずだし、

もちろんそういう評価のためにオレの存在があるわけでない。

迷わない人生はあり得ないし、

迷う人生を枕に、ひたすら自身の原点だけに回帰しよう。

今更極める人生があるわけでない。

落雷で黒く焦げたブナの株の上に、

可憐なスミレが緑輝く苔の中から顔を覗かせている。

暫時休憩とする。

冷えた缶beerを取り出し、黒く雪で汚れた飲み口を拭い開ける。

勢い良く泡を吹き出し、この瞬間を祝福してくれた。

ミヤマスミレに乾杯!と声を出してみた。

無宗教のオレだが「god bless you!」

突然のオレの発声で、

ティピーとベスそしてチキータは顔を見合わせていたみたいだった。

…が無視した。  

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